昭和五十六年二月一日 朝の御理解
御理解第七十一節
ここへは信心の稽古をしに来るのであねよく稽古をして帰れ夜、夜中どうこう事が無いとも限らぬおかげは我家で受けよ子供があるものや日傭取は出て来る譯に行かぬ病人があったりすれば捨てゝ参って来る事は出来ぬ壮健な時こゝへ参って信心の稽古をしておけ
昨夜は月末御令神話会でございました、昨日はたく山参加者が多うごさいましたが、まあ各地区の代表の方達だけで終わってしまいましたが、もう非常に感動的な一月間に受けたおかげそのそれぞれの内容のすばらしい、いや内容がだんだん高度化していっておられるもようを聞かせて頂いて本当に有難い事だなあとまあ思わせて頂きました。昨日は福岡地区、久留米は勿論でしたが、伊万里、鞍手、四国でしたかもう遠隔地の方達が温参拝でございました。
だからそれぞれに聞かせてもらいました中に、今日の御理解を頂いてから感じるのですけれども、四国の川上さん、井上さんのお姉さんです。昨日は、今習字の稽古をなさっておられる。それでそれがあれは観峰書ですかね。観峰という日本一の書道の先生がおられます、そのまあ門下生であんなさるわけですが、そのそりあもう本当にこりあまるきり観峰先生の書かれたごたる字ですねといって見せて頂いたんです、けれども大きな軸にするような字、それと假名文字のそれぞれ賞には入っとられるそれを見せて頂きました。昨日の発表を聞かせて頂いて申しました事でしたけれどももうそれこそお商売の上に、家族の上に、子供達の上に健康の上に、もうおかげ頂きづくめでございますというのである。
でなかったらそういう余裕のある一家の主婦であんなさいますから出けませんでしょうけれども、いろんな稽古事をなさる中に、此の頃からは民謡の稽古をなさっている、此の頃から台湾にお出でられて、いわゆる日本民謡何々会の会長から表彰状も昨日は一緒に持ってみえておられましたが。もう本当にあの教祖様が信心も手習いも同じ事とおっしやるが、本当に手習いそこに日本一といったような観峰先生の信心いや手すじというですか師匠になしての稽古ですから実に見事、もう本当に一字の字を何べんも何べんも書きなさった事だろうと思いますが、書いていく中にいつの間にあゝいう一つの気品のあるそれで力のあるそれでいて女の方の書いたやさしさの滲み出るような字でございましたが、教祖様は信心も手習いも同じ事とおっしやるのですから、川上さんどうも手習いも信心も同じ事という所位にゃいっちょ行きなさいにぁいかんですねて云うて話した事でした。昨日代表でよ話なさった所の方達の所には皆伊万里の竹内和教さんが来とりましたが、毎朝十五名からの御参拝がある朝参りが、例えば鞍手あたりのなんかでも御承知のように、ぞれこそあの大型の車で一ぱい御信者が柴田さんを中心にして出けておられる。
延岡の田中先生もそれこそ昨日もたく山お参りになっておられましたがおかげ、宮崎の佐田さんの所へ、昨日電話がかかったんですけれども、二十五名のバスで満ぱいでお参りをしますからどうぞよるしゅうと。兎に角佐田さんの所に教えを求めにこられる。お話を聞きにこられる。
そして医者が手をはなしたというような病人が助かったり開けない道が開けたりしておるわけです。そりぁもう本当にすばらしい事だと思はせてもらいます。今日はいわゆるこゝには信心の稽古に来る所と教えられておりますし、最後にもまあいうならば参られんいうならば子供が病気をしておるとか、いうんな事状があれば参らんから、何んでもない時にこゝへ参ってしっかり信心の稽古をしておけというように最後にしめてございますね。何かなからなければ信心せんといったようなものじあなくて何もない時「壮健な時こゝへ参って信心の稽古をしておけ」壮健な時、平穏無事の時、何んでも時に信心の稽古を、信心の稽古というのはね、いわゆる今の川上さんじあないけれどもそりぁあれやらこれやら忙しかなるなかなか手習いも習字もでけませんでしょう。けれどもゆとりがある、いろんな意味でゆとりがあるからこそ稽古が出けるのです。
ですから勿論お願い参り、お礼参りいろいろありますけれども、又どうにも自分では分らない迷っておる時にはいろいろ御神意を頂いてお参りをするという事もございますけれども、その中にだから信心も手習いも同じ事と教祖はおっしゃるけれども、だから手習いも信心も同じ事という位の所はおかげを頂きつつもです。やはりおかげを頂かねばならん事を通して信心の稽古をしておかねばならんが果してお互い一月なら一月こりあいつも神話会の時思うんですけれども、一月の信心の自分の信条そしてかくおかげを頂いたというお話を皆さんがなさいます。昨日はたまたま福岡の秋永文男先生が、安武先生の所の御遷座祭があちらが仲人しとりましたから夫婦でお招きを頂いとって、あちらのお祭を拝んで帰りによりましたから、今日は神話会があるから残れと誰かが云ったんでしょう。そこで残って最後にお話をしておりましたが、本当に内容が充実していっている人の話はすばらしいと思うて聞かせて頂きました。先達つから筑水の信徒連合会の、合楽からお話をする事になりました。
それを文男先生が承っておりましたから、あれも話そうこれも話そうと思って心の中にそうお取次を頂いてお願いしておった。勿論天地日月の心をシンにして話しようと思ふとった所が今連合会の副会長をしております。秋永先生が秋永友良先生この信徒会長です、先に挨拶をした時に自分が話そうと思うとった事をみんな話してしもうた。さあ途端にそう何を話そうどげなふうに話そうかと思ってお説教台の上に立たせて頂いたけれどもなかなか話が浮かんでこない。正義先生やら綾部さんあたりはもう本当に先生が話しを忘れなさったっじあなかじあろうかと思うて一生懸命御祈願をしたと云われる位にいうならば説教台の前に立つこつは立ったもんのお話がなかなか出なかった。
それでそんな時に自分に私の頭に閃めいたのは親先生が大阪講演にお出でられた時にあれを話そうこれを話そうではなくて神様から無技巧といわれた事を思い出した。思い出したらそこから話が自分でも有難いような話が次から次と出ておかげをうけたという話しでございました。自分は非常に神経質ですからそのそれこそ合楽の皆さんが有難受けて下さるけれども、二百名からのいうなら二十教会のいうなら錚々たる御信者ばかり集まっている中で話さなきゃならんのでまあこりぁうかつな話をしたら合楽のいうならば信心に名折れになるといったような気持ちも働いて非常に神経を使った。
もうそれを聞いた途端から胃が悪くなって、そりあもう胃潰瘍じあろうと自分でこりあ神経何々と思うとると話ておりましたが、もう胃が痛んでならなかった。所がねその話をし終わったと同時に胃の痛みが無くなっておったのにいつもの事乍ら神様の働きにおそれ入ったと、私は今日一日でお互い信心の稽古をさせて頂いて何が血になった肉になったかというならばですね、或る程無技巧の技巧、自分が話す自分がやるという思いではなくて神様のおかげを頂かなければ自他共に助かるようなお話も出来んし又は、はあ成る程というようなおかげも頂けない。
今度の筑水連合会でお話させた頂いた事によってです神様がいよいよいうならば有難い確信をもって云うならあれを話そうこれを話そうじあない神様が話させて下さるんだしいう力を受けたという話を致しておりました。私は本当に思うですね、一日一生懸命信心の、はあお取次を頂いてもう毎日毎日お願いをしてどうぞどうぞとお願いをしておかげを頂いたというおかげ話はあるけれども、その事をとおしてはっきり自分にこれだけは力になったというものでなければいけない。文男先生の信心な私はそれがすばらしいと思うてまあ皆さんもそうだったでせうが聞かせて頂いた。
最後に久富繁雄さんが発表しとられましたがこれにも関心しました。此の頃から、まあ幹三郎といういろいろな対話の中から、の地力という事。地の地にも地からがあるという、百姓はこの地力を分らなければ百姓は出けませんという話しであった。それにたままた、他の田圃を一反借り受けてそこにまあほうれん草を作られた。所がきれいに土けた所と全然育たん所が出けた。結局毎年毎年年々作っておるのならばその他の力というものがこゝの畑にはどの位な力があるという事がが分かるのでけれども、始めてのそのですからそのへんが分らなかったという話、地力というのはとにかくアルカリ性に富んでおらなければならない。酸性が強かっては物が生えない。親先生の話がどんなにすばらしいの有難いのというても自分の心が酸性であっては芽がおえません。信心が出けません。力がつきません。
今寒修業があっておる、その寒修業でお互い力を受けるという事は結局私の心の受物が、果たしてそれを生えさせるだけの力、いうなら地の力、土の信心と合楽てせは云われるがいわゆるその土の心であり、地の心がです、力を得ていっておるかどうか。いよいよ心が土の心と同じようにその事を通していよいよ豊かに大きくなっておるかどうか。確めてみなければいけないというような話をある時間をかけてから話されました。私はそれを聞いてから本当に御自身が通っておられる所だからあれだけのお話が出けなさるんだなあと思うて聞かせて頂きましたが、日々を信心の心の稽古に通ってみえるからあれだけの話が出けなさると私は思いましたが、こゝには信心の稽古に来る所なんです。お願いをしたおかげを頂いた、お礼参拝をさせてもらうた成る程そういう所から神様の間違いないおかげを受けていかねばなりませんけれども、もうその次にはいわゆるこゝには信心の稽古に通うてくるとぞ、おかげは我家で受けてこうおっしゃっております。
だから稽古、いくら日参致しましてもその稽古の焦点が間違っておったらダメです。焦点がはっきり致しますと一つの問題をその焦点に合わせてこう致しますと、はあ神様はこれによってこの事を分れとおっしゃっておるなあとくり返しその事を稽古、そして頂く中に本当に神愛として、又成りゆきを尊び大切に受けてゆく事が出けるのです。それがいよいよあかぬけした広く深く頂けていくようになりますからおかげも広く深くなっていくのです。昨日桜井先生が発表しとられるが或るお教会の自分が御信心者時代に大変いろんな難儀を感じた時分に今こゝで修業しとりますあの娘さんの美津枝さんを奥さんが懐妊しとられる時であった。
そしてあの今日はお願いをして病院で墜胎させて頂こうという帰り道にその方とばったり逢ってその話をしたら、そげな事はどげん苦しかったちゃ止めときなさいあの頂きなさらにあいけませんよとしきりにすゝめられて気持ちが変ってあの美津枝さんがある。その方が大変難儀苦労なさっておったけれども、三十年間余りの信心を続けていかれる中に最近立派なお家を建てられたという事を聞かれて、あのまあ新築祝に夫婦でお出でられた。
そしてその方のお話を聞いてきたという話しをなさいましたが、成る程三十年間という間を貫かれたという話を聞いて来ておられました。そりあもう子供達はもう或る意味で散り散り、ばらばら、もう親の生き方にはついちあいけない、もうそわこそ何べんも自殺を計られる、あそこは油山という所がありますねあそこの山へ登って本当にそれこそ首を鶴のにあどの枝で吊ろうかというような時代もあった。それがだんだんおかげわ頂いて今日御普請の一つもさせてもろうて仕事の方も順調にいっておるという。三十年間の辛抱を貫いておられるという事。もう本当にこの方は福岡教会の現在総代さんをしとられるそうですが、兎に角福岡教会のシンである所の「馬鹿と阿呆で道を開け」誰が何んと云うても馬鹿になれ阿呆になるという信心を三十年間貫かれたらそういうおかげを受けたという話しをまだ細やかにしておられました。
だから貫かなければ駄目だと思うですね、稽古にはね貫くという事が大事だという事。
だから同じ貫かせて頂くでもなく合楽の場合は有難いのはどういう苦しい難儀をいうてもですそれが有難うなり嬉しゅうなり、愉快にさえなる手立てを行じながら稽古するのですから信心が違うです合楽の場合は、こゝが違うです。そりあ血の涙の出るようにとまあ本当に死んだ方がましな所を通っておっても、神様のお心が分るその手立てを聞かして頂いたらいよいよそれこそ悲しい涙から有難涙に変る程の手立が合楽理念に説いてあるんです。それを稽古しなかったら、又それを貫かなかったらおかげにあならん。
二、三日前でした。久富先生が朝みえて丁度食事しよる時みえて、私がおかゆさんを頂いておりますので、あら晩もおかゆさんで朝もおかゆさんですかなていうて聞かれますもん。最近別に体がどうという事ではないけれどもじいっとしとりますからやっぱり消化が悪いからもう朝晩白粥を頂くんです。それが好きなんです私は。あの白粥の匂いがすきなんです。嫌いな人は匂いをきいただけでもうお粥食べごつない。食べよったら吐くとこういうけれどもです、ほんに久富先生これを本当米も無いし買う金もなかけんでお粥は食べよるちいならじゅつない事じあろうけれども、本当に美味しい好きでしかも自分の体にも丁度いゝという頂き方というのは有難い。信心もやつはこれと同じこつですばいと、どうしてこげな苦労せにあんじあろうかというのを、こうして神様が修業させて下さる力をつけて下さるという、いうならば好きで頂くという修業にならなければ駄目ですよ、川上さんなんかはおそらくいうならば習字の稽古なさる事が好きなんです。
だからあんなすばらしいそれこそお師匠さんが書きなさっただろうかと思うような字を書けるようになっておられるのです。ですから信心の稽古という事の焦点を間違えずにおかげも受けんならん、このおかげは頂かんならんからお参りよるという思いをこれによって信心の稽古をさせて頂くという焦点をちょっとかえてとかもそこにかえさせて頂くと合楽では合楽理念に基づいとその事は苦しい事でもはがいゝ事でも、なさけない事でもそれこそ死んだ方がましといったような事ではなくてです。反対に神様にお礼を申し上げるような心を頂かせて頂きながら信心のが出けるというのです。こゝには信心の稽古に通うてくる。そしておかげは我が家でうけれれる一つおかげを頂きたいもんですね。
どうぞ